「クマンバチが巣を作っているから退治する」
殺虫剤を片手に血相を変えて庭に飛び出してきた母にバッタリ出くわし、理由を尋ねるとそんな答えが返ってきた。
「クマンバチ?」
クマンバチといえばスズメバチ科の総称、攻撃的でとても危険なハチだ。
そんな危険なハチの退治を母に任せるわけには行かない。もし殺虫剤の先制攻撃で殲滅できずに蜂に反撃されるような事になれば、命を落としかねない。
母に案内をしてもらい、とりあえず私が様子を見に行く事に。
「ほらあそこ。あそこから黒くて大きなハチがいっぱい出てくる」
と、家の土台の通風口を母が指差す。
「黒いハチ?」
スズメバチは確かに黒い部分もあるが、どう考えても黄色い印象だ。
それを黒いとは・・・・
あまり深く考えなくてもすぐに答えが分かった。
黄色くて小さなハチならミツバチ、大きなハチならスズメバチ。これくらいの大まかな分類なら母にでもできるでしょう。それをわざわざ「クマンバチ」と言うからにはミツバチでもないスズメバチでもない別のハチの事を言っているに違いありません。
黒い別のハチ・・・・そう、丸い独特のフォルムを持った黒いハチ、「クマバチ」。
母はどうやらそれを「クマンバチ」と呼び間違えているようです。
クマバチは黒くて大きく一見怖そうだが、人を襲う事などめったに無い。
でも、クマバチは集団で巣を作ることは無いからこれも違っているようです。
果たしてどんなハチが出てくるのでしょう。
母が指差した通風口を息を凝らして見ていると、出てきたのはやはりクマンバチではなく黒くて丸いハチ。どうやらマルハナバチのようです。大きさから考えるとコマルハナバチでしょうか。
このハチは人に危害を加える事などめったにありません。それどころか同種の西洋マルハナバチはビニールハウスの農作物の受粉のために大切に飼育されています。
「へ〜、こんなところに巣を作ったんだ」
スズメバチではないと知り安心すると、今度はこのハチに興味が湧き、通風口に近づいて中をのぞき込む。
「あぶない、刺されたら大変よ」
母が大声で叫ぶ。
「大丈夫、このハチは刺さないよ」
通風口の中は暗くてよく見えないが、中から2匹、3匹とマルハナバチが飛び立っていった。
刺さないという私に言葉を信じていないわけではないようですが、玄関脇という場所なので、
もしもの事があってはと心配する母を「絶対に人を襲ったりしないから。庭でナスやキュウリが取れるのはこいつらのおかげだよ」と、必至に説得し、なんとか共存の道が開けました。
人間に害が無いばかりか、父母が庭でやっている野菜作りの手助けをしてくれているハチを、偏見から来る恐怖心だけで殺してしまったのでは寝つきが悪くなりますからね。
そういえば先週も分家(分蜂)したミツバチの集団がウチの庭で一休みして大変な騒ぎになりました。
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私が帰宅した頃にはもうすっかり落ち着いたミツバチ様の御一行ですが、最初は庭中に響き渡る羽音で、空を埋め尽くさんばかりにブンブン飛び回っていたため、家族は恐ろしくて家から一歩も外に出られなかったそうです。
あまりの怖さに警察に連絡したら「保健所に電話して」と言われ、保健所に電話をしたら民間のハチ駆除会社に頼んでくれとタライ回しにされ、ネットでハチ駆除会社を探しているところに私が帰宅しました。
分家したミツバチなんて、気に入った住処が見つかればすぐに出て行ってしまいます。
「あれじゃ、草むしりも出来ない」「危険だ、駆除する」という家族を「明日になればいなくなるから」と説得し、なんとかその日は収めました。 |
殺虫剤を手に持って「駆除する、駆除する」と叫んでも、結局、猫に鈴を付けに行くのはいつも私の役目ですので、ミツバチたちに差し迫った危険は無いでしょう。
「しかし、2,3日居座られるとそれなりの対応を考えないとなぁ〜」
と、多少不安になっておりましたが、そんな私の気持ちを察してか、翌日の夕方にはミツバチ御一行様は旅立っておりました。
あれだけの数です、人間なら2,3人取り残されてウロウロしてそうなもんですが、団子になっていたハチも、周りを警戒飛行していたハチも一匹残らずいなくなっておりました。
いなくなってくれたのはとても良かったのですが、その統率の取れた旅立ちの様子を観察できなかったのがとても残念です。
生き物が大好きで、生き物の習性を知り尽くしている私にしてみれば、何の危険も無いばかりか絶好の観察対象になるのに、虫が嫌いで「ハチは危険」という先入観を持った人は身の危険さえ感じ、駆除という手段を選択するほど追い詰められてしまうんですね。
旅立っていったミツバチ御一行が、ハチに理解のある方の近くで巣作りしている事を願っております。 |